2019年10月05日

上田講演に寄せて  元駐エジプト・イラク・UAE大使 片倉 邦雄

上田講演に寄せて

                     元 駐エジプト・イラク・UAE大使、
                     日本アラブ協会副会長、
                     片倉もとこ記念沙漠文化財団評議員会議長
                     片倉 邦雄


中東地域は、異なる民族・宗教・宗派が混在する 複雑な構成、世界有数のエネルギー供給源・物流の要衝でもあり、伝統的な大国間の対立と地域紛争、暴力的過激主義のはびこりやすい地域である。歴史的に中東では、帝国主義支配・植民地経営とは無縁で、「手がきれい」といわれる我が国でも戦後、何度も大規模な戦争・紛争・騒乱などの危機に巻き込まれた。自主外交の旗の下、国益を守り、邦人保護を貫徹するのは容易ではない。ただ私がこの60年間、試行錯誤を重ねつつ、志向してきたのは、どんな紛争に巻き込まれても、敵・味方に分かれていても、対話のチャネルを保ち、外交交渉によって平和的解決の努力を重ねること、武力衝突は回避するため最大限の努力をすることである。
(例:1990年秋、駐イラク大使として、当初米国の意向を忖度し、クウェイトへの侵略国イラクとは絶対に対話しないとしていた本国政府に意見具申し説得した結果、ジョルダンでの海部・  ラマダン(副首相)会談となった。日本側から早期人質解放、占領地よりの撤退を一方的に要求するだけの結果に終わったが、対話の「場」が立っただけでも意味はあった)。

わが家の古文書を紐解いてみれば、大坂夏の陣で、真田信繁と片倉重綱が敵味方に分かれて戦ったが、互いに神官の家、修験道を共にした過去の絆があり心では通じあっており、落城を 前に真田の子女が 密かに伊達陣営に引き取られて陸奥へ行き生きのびた…そして「私の現在が ある」・・・という講談話?=「歴史のロマン」として繋がっているのかもしれない。



Posted by 信州イスラーム世界勉強会 at 15:44│Comments(0)
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